「ぐーすか寝てやがるなぁ」

 俺は水瀬家の屋根の上で笑っている。
 今宵だけは、寒さが心地よい。普段の俺ではありえないこと。

「いい感じのミッドナイトだな」

 雪はこんこんと。
 息はホワイティー。
 気温は氷点下。
 気分は最高最強。
 高ぶる気持ちを抑えられない。
 今宵はホーリーナイト。
 サンタである俺は、一年に一度の仕事を、始めるのだった。



クリスマスハッピーオールエンド



「やー、いい天気だ。お前もそう思うだろ」
「そうですね。我々には、雪は最高の天気です」
「俺もそう思うぜ。まぁ、今宵限りな」
「……そうですね。祐一は寒いのが苦手な青年でしたね」
「ああ、そゆことだ」

 赤い衣装に身を包んでいる俺こと相沢祐一。っても、ただ赤と白のコートを羽織るだけ。
 それだけで、俺はサンタクロースへとなる。
 奇跡を運ぶ、使者になる。
 俺はさっきから話しかけているトナカイの背中に乗る。

「嫌そうな顔すんなよ。一年に一度じゃねぇか」
「いえ……一年に一度しか、祐一に会えないじゃないですか?
 だから、もう少し話していたかったんですよ」
「……は?」
「戯言です。聞き流してください」

 顔を赤らめているスズネ。
 四年前から一緒に仕事してるけど、初めて見る表情に驚く。
 コイツに人間らしい感情があったのか、と。

「お前……毎年クールな態度見せてくれるのに、今年はやけにホットだな?」
「……黙りなさい」
「雪に魅せられたか?」
「黙れ」
「仕事放棄して俺と熱い夜を過ごすか?」
「死ね」
「怖いな、まったく……。
 つかまずどーやってトナカイとホットなミッドナイトを過ごせばいいんじゃい」
「知りません。さあ、サンタとして最後の仕事ですよ」
「……そうだな。大爺のおかげだ」

 俺は、今年で五年というサンタの任期を終える。
 来年からは、プレゼント待ちの一般人になるってワケだ。

「最後はビッグな奇跡を用意したしな」
「全て大爺様のおかげですけどね」
「ああ」

 大爺にはマジで感謝しきれない。
 こんな大きい、力を最後にくれたのだから。
 きっと、俺の心の闇を見たんだろうから。
 最後に、好きなようにやれ、と。

 笑みが浮かぶのを止められない。

「さあ、スズネ。行こうじゃないか」
「誰のキャラですか……まったく。振り落とされないでくださいよ」

 羽も持たないトナカイが、青年を背に乗せ、ホワイトスカイへと往った。



「水瀬家は後回し。あそこで、終わりだ」
「ええ」
「まずは、美坂家へ」
「了解」

 スズネは迷うことなく、美坂家の屋根へと降りる。

「お前は待ってろ」
「わかりました」

 スズネから飛び降りる。
 そのまま、屋根に着地するのではなく、屋根をすり抜けていく。

「よっと」

 栞の部屋へ到着。
 女の子らしい部屋と言えばいいのかね、これは。
 少女漫画がびっしりと本棚を埋めている。
 夢見る少女ってワケだ。

「サンタがくるなんて、夢みたいだろ? 栞」

 深い眠りについている栞は起きる気配はない。
 俺がやることに、邪魔は入らない。

「メリークリスマス。プレゼントフォーユーゥ」

 俺は栞の頭をそっと撫でて、今宵限りの力を使う。
 見る見るうちに栞の顔色が良くなる。

「さて、完治」

 サンタには何でもありなのだ。
 治した俺もビックリ。
 こんなプレゼント、ビッグすぎるぜ。

「次に行くぞスズネ」

 人間離れした跳躍でスズネの背まで跳ぶ。

「次は?」
「ものみの丘」
「了解」



 そこは雪が降り積もった草原で、幻想世界だった。
 俺は見惚れる。
 雪に混じる消えてしまった真琴の涙が、頭に積もる。

「祐一。サンタ帽、毎年被ってないですね」
「あんなの、俺には似合わないって」
「……似合うと思うんですけどね」
「はは……」

 談笑もここまで。
 手を前にかざす。
 一瞬光っただけで。
 真琴が俺の腕の中で眠っている。

「ま、こと……」

 再び会えるとはな……。
 だが余韻に浸っている暇はない。

「スズネ」
「はい」
「天野家だ」
「了解」

 天野の隣に寝かせておいてやろう。
 朝になったら二人ともビックリだな。

「祐一……何か、企んでいる顔してますよ」
「……くくっ。まぁな」

 天野家へ到着。
 難なく美汐の部屋に入り込む。

「相沢、さん?」
「うおっ。天野、お前起きてたのか」
「え、ええ……起きてました。綺麗な雪ですからね。
 それにしても……その姿は?」

 何勝手に人の家上がってんだって顔。
 コスプレ?似合わないですよ相沢さんって顔。
 その腕の子はまさか……!って顔。

 寝てなかったのは予定外だけど、まぁ、いっか。

「天野。真琴を頼むぞ」
「え、あ……え!? ま、真琴っ。
 ……気持ちよさそうに眠ってますね」
「ああ。綺麗な寝顔だ。
 じゃ、他にやることあるし、俺は行くな」
「……明日、朝一で聞かせてもらいますので」
「…………はい」

 後輩にも弱い俺。
 つか女には全体的に弱い気がする。

「じゃーな」

 開けてない窓をすり抜けて外へダイブ。
 後ろで天野がすげー驚いてる声を聞いて笑わせてもらう。

「何やってるんですか、貴方は……」
「ナイスキャッチ」

 屋根から高速で俺の下まで飛んでくるスズネ。
 本当、お前トナカイにしとくにはもったいない女だぜ。

「次は学校だ」
「学校?」
「ああ……いい加減やめてもらわなきゃいけないからな。頼む」
「了解」



「ゆーいち?」
「よ、まいまい」
「う、うん……ど、どーしたの?
 変な格好までしちゃってさ」
「祐一? 何してるの? その子は」
「お前だよ、舞」

 ホーリーナイトまでも、争いあわなくていいだろう?
 俺は舞とまいまいの間に急に姿を現してみたが、そこまで驚いてなかった。残念。

「何言ってるの?」
「俺から言わせてみりゃ舞が何言ってんの?」
「だって、祐一が私から離れたのは――――」
「だってもクソもないって。
 俺が離れちまった理由は違うんだ。
 今更だけど、ごめん。ごめん……」
「ゆ、祐一っ!?」
「ゆーいち……泣いてるの?」

 二人に言われて、気づく。
 俺は、涙を流していた。
 だって、俺のせいで二人が争うことになったなんて悲しすぎる。
 俺が犯した罪で、二人が傷ついてしまうなんて、駄目だ。

「祐一泣かないで……」
「ゆーいち……。
 舞、ごめんね」
「え……?」
「わたしを認めてくれないからって、ムキになって……」
「あ、う、ううん……ごめん。私こそ、ごめん」

 涙をぐしぐし拭いた。
 何故か、話が進んでいる。
 俺は何もしていないのに。
 どうしようか迷っていただけなのに。

「祐一、ありがとう」
「ゆーいち、ありがとっ」

 満面の笑みでお礼を言われても困る。

「あ、ああ……なんかよくわからんけど、仲直りしてくれて良かった……。
 俺のせいで傷ついてほしくなかった」

 笑顔で、二人の頭に手を乗せて撫でてやる。

「祐一……」
「わわっ」

 ぐしゃぐしゃ。

「さて、今宵はまだやることがあるんでな。また明日だ」
「はちみつクマさん」
「わかったよーっ」
「うん、素直な子は嫌いじゃないぞ」

 撫でるのをやめると残念そうな顔をしたが、仕方が無い。
 まだ、でかい山が残っているから。
 ごめんな。



「さて次は倉田家だけど……」
「どうかしたんですか?」
「いや……さっきのは何も力を使って無いんだけどな……」
「簡単なことです」
「簡単?」
「ええ」

 確信を持っているのか、自信満々にスズネは答えた。

「涙の奇跡。スノウドロップ」
「……なんじゃそりゃ?」
「分からなくてもいいんですよ」
「そうか?」
「ええ。さあ、倉田家まで飛びます」
「おう」

 なんでスズネが笑顔なのか、俺には理解不能だ。

 大豪邸が、見えてきた。
 倉田家のお嬢さん、今行きますよ。

「ここでいい」
「え?」
「ほっと」

 スズネから飛び降りた。
 ふわっと、窓をすり抜けた。
 佐祐理さんの部屋に一発。

「……かず、や……」
「佐祐理さん……」

 こんないい夜に、悪夢を見ているのだろうか?

「死者を呼び戻すことは、できない。だけど、魂を一時的に佐祐理さんの夢に来てもらうことはできるからさ」

 佐祐理さんのおでこに手をのせ、プレゼントを。

「かず……や……」
「いい夢を、佐祐理さん」

 そっと佐祐理さんの家から、飛び降りた。



「病院だ」
「病院、ですか……?」
「ああ」
「了解」


「よ、あゆ」

 未だ、白いベッドの上で眠っているあゆ。
 七年間も、俺は忘れていた。
 それは罪だ。許されない俺の罪だ。
 これで帳消しになるワケがない。
 でも、そろそろ目覚めてくれ。頼む。

「あゆ、ハローハロー。目覚めの時間だぜ」

 月宮 あゆの病室に閃光が弾けた。



「さて、祐一。もうすぐ、0時です」
「ああ、わかってる。次でラストだ。問題はない」
「そうですか。なら、終着駅を」
「水瀬家へ」
「了解」

 酷く事務的なやり取り。
 この五年間、ずっとこうだった。
 何故、最後だけ暖かくなったのか、俺にもわからないけど。
 もうすぐ終わる。


 グッバイ、ホーリーナイト。
 グッバイ、サンタクロース。
 聖夜が目覚めてしまう。
 たくさんの奇跡を俺は贈りました。
 俺には何もありません。
 だけど、いい。これでいい。
 俺は罪を犯しすぎたから。
 これで皆が救われるのなら、俺は奇跡は要りません。
 聖夜は終わる。


「さて、別れだ」
「そうですね」

 水瀬家の屋根の上。
 こうして、最後のサンタクロースを終える。
 まぁ、最後は俺の我侭もあるけど。

「またな。スズネ」
「……もう、会う事もないでしょう」
「ああ。それでも、また会おう」
「……はい」

 スズネに別れを告げ、水瀬家へと滑り込んだ。

「……さようなら、祐一……」

 スズネは、大粒の涙をぼろぼろと零した。
 もう、祐一に会えないのだから。



「綺麗だなぁ、秋子さんは……」

 見とれてしまう寝顔があった。
 秋子さんは近未来、事故る。それも、命に関わる。
 ならば、それを回避できるように雪のカーテンをつければいいのさ。
 もう、この夜だけは何でもアリだ。皆を救えるのだから。

「でもオレンジのジャムだけは勘弁してくださいね……」

 心底、本気の台詞。





 翌朝、この奇跡を得た彼女たちは歓喜した。
 水瀬家は後々、運が良かったと思うことになるだろう。

 そして俺と名雪はいつも通り、朝はランニングタイム。

「ひぃーっ……くそ、何で走ってるんだ!」
「なんでって、祐一が寝坊したからだよ〜」

 昨夜は忙しかったからな。
 にしても、何で今日に限って名雪が早起きするんだ。それが驚きだよ、まったく。

「あら、おはよう、名雪、相沢くん」
「は、ぁ……おはよう、香里」
「あ、香里〜。おはよ〜」
「相変わらず名雪は朝から元気ね」
「うん〜」

 素敵すぎる笑顔の名雪。

「……相変わらず相沢くんはグロッキーね」
「お、おう……」

 やっと呼吸が落ち着いてきた。
 今日は俺が寝坊したから、名雪には何も文句は言えない。うぐぅ。

「香里、いいことあったの〜?」
「……ふふっ、ええ。とびっきりの、ね」

 名雪と香里が楽しそうに会話している。
 栞の病気は治ったからな。
 プレゼントはちゃんと届いてたってワケだ。

「あの、すみません」
「……ん?」

 俺に声かけてたのか。
 後ろから聞こえたので、振り返る。
 どこかで感じたことがある、雰囲気。

「職員室、どこですか?」
「ああ、職員室は…………いや、案内するよ」
「……ありがとうございます」

 クールでホット。
 その雰囲気を持つ女性。
 ポニーテールで薄茶色の髪を纏めている。
 転校生だろうか?
 リボンの色を見れば、俺と同じ学年。

「じゃ、行くか」
「ええ、行きましょうか、祐一」
「おう……なに?」

 何故俺の名前を、と聞き返す前に彼女は先を歩いていた。

「ちょ、ちょっと待て。何で俺の名前を」
「グッバイハロー、祐一」

 俺の言葉を遮り紡がれる言葉。
 グッバイハロー。さよならこんにちは。

「まぁ、別れたのは昨夜ですけどね」
「昨夜……? お、おい……まさか」
「職員室、行きましょう」

 間違いない。
 このクールホットなレディーは。

「待て、スズネ!」


 別に、彼にも奇跡を降らしてはいけないなどというルールはない。
 罪を背負っている彼に、共に歩んでくれる女性を。
 サンタクロースからのクリスマスプレゼント。
 彼にも、ハッピーエンドの道を見せよう。





 おわり。


 あとがき。
 超無理やりかもしれないハッピーエンドですつきみです。
 かもしれない、じゃなくて無理矢理ですね。重々承知です。
 ですが、こういう妄想を文字にしたかったのです。
 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 2006/12/17 つきみ